みんなの党の平和ボケ国会議員の中国賞賛

今まで中国が日本に侵略したことがないが日本は侵略国家であるとみんなの党の山内衆議院が下記のように述べています。
元寇は「中国」と言えないとバカなことを言っていますが、日本は島国のために、攻めて来れなかっただけで、隣の朝鮮半島は、1600年攻められて、日本が日清戦争で勝って開放するまで属国であり、悲惨な生活を強いられていました。
 漢民族の古代中国から、現在の中国の大きさを見れば、周辺国への侵略の歴史である。

 現在の中国共産党の中国の侵略は、戦後の植民地時代の終焉後も侵略の歴史で、日本の比ではない。
 
戦前は、ヨーロッパ、アメリカの帝国主義による弱小国を植民地化していた時代で、アジアも日本とタイ以外は植民地にされており、日本は、征服されることを恐れて、急速に近代化させて、国力を増強させた。
 大陸国ロシアからの侵略に対抗するために朝鮮半島を近代化して、朝鮮半島をロシアに支配されることを阻止しようとした。
 このために日本の税金で巨費を朝鮮半島に投入して、学校、鉄道、道路などの公共設備を整えていった。
 清の属国で奴隷状態であったために、自国で近代化できる人材もお金もなくて、日本の指導による近代化になった。朝鮮王朝は、反乱を恐れて、道路の整備を行わずに、国は、貧困で人口は減少している状態で、改革しようとする有能な人材はみな殺戮されてしまっていた。
 日本が犯した間違いは、他国による近代化によって、耕作地も増えて、教育で読み書きできるようにし、人口が倍増したが、1600年間の中国の隷属国家で染みついた奴隷精神まで変えることができず、自立の精神が育たなくて、恨まれることになっただけであった。
 当時の日本としては、ヨーロッパ帝国主義諸国の植民地にされないようにするために、自国の近代化による国力増強だけでなく周辺アジアの近代化でヨーロッパ帝国主義国の支配を食い止めようとした。
 共産主義の台頭でロシアが共産国ソ連になって、軍事力で対抗する帝国主義時代では、日本も軍事力強化で対抗するしかなく、予算の大半が軍に当てるようになると軍の力が益々強くなり、軍国主義にならざるをえなくなった。
 また明治憲法が軍の大臣を首相が罷免できない欠陥を突いて、軍が政治も主導権を取ることになってしまった。(明治の元勲がいた時は、軍に対して、抑えが効いていたが、いなくなった昭和は、憲法を変えなかったために、軍が政治に対しても主導することになり、暴走することになった)
 これに対して、米国は国力に余裕があり、政治主導が最後まで維持できていた。
 帝国主義時代は、資源のない日本は、米国によって、石油の輸出を停止させられて、石油資源地域の確保せざるを得なくり、戦争に突入した。朝日新聞も米国との戦争を煽って、戦争させた。
 戦後は、共産主義国の利益のために日本の新聞、TVは活躍している。共産主義国ソ連の崩壊後も共産主義を崇拝して、共産国のために日本の国益を損ねることを言論の自由と称して、捏造してまで行っている。
 日本の明治以来の教育が知識の詰め込みで、自分で考える力を付けることを重視して来なかったために、共産主義を信じて、共産国の捏造されたことを簡単に信じてしまう高学歴を量産してしまった。
 南京大殺戮など中国共産党の捏造であることは、考えればすぐにわかることでさえ、東大卒の元バカ首相は信じて疑わない。
 日本軍に就職した高級官僚が国民党が支配する南京攻略後に弾薬不足の状態で必要のない殺戮を非常な労力をかけて、何の利益もないことをするほどのバカはいないし、またする能力もなかった。
 この捏造で利益があるのは、中国共産党だけである。南京で戦った国民党でなく中国共産党が何年も経って、言い出した捏造であることは、常識でもわかる。
 自分で考えることもできない人が、国会議員では、日本も中国共産党にやられる。
 
 
 
 
 






ネット匿名の人の情報
 
中国共産党王朝60年の輝かしい歴史!

1950年 朝鮮戦争参戦
1951年 チベット侵略、占領(チベット大虐殺)、民族浄化継続中
1959年 インド侵略(中印戦争)アクサイチン地方を占領
1969年 珍宝島領有権問題でソ連と武力衝突
1973年 中国軍艦が佐渡島に接近、ミサイル試射
1974年 ベトナム、パラセル諸島(西沙諸島)を軍事侵略、占領
1976年 カンボジア、クメール・ルージュによる大虐殺を強力支援
1979年 ベトナム侵略(中越戦争)、中国が懲罰戦争と表明
1988年 スプラトリー諸島(南沙諸島)を軍事侵略、占領
1989年 天安門事件
1992年 南沙諸島と西沙諸島の全てが中国領土と宣言
1995年 フィリピンのミスチーフ環礁を軍事侵略、占領
1996年 台湾総統選挙恫喝、台湾沖にミサイル攻撃
1997年 フィリピンのスカーボロ環礁の領有を宣言
1997年 日本の尖閣諸島の領有を宣言
2003年 スーダンのダルフール大虐殺を強力支援
2005年 日本EEZ内のガス資源を盗掘
2009年 共産党秘密会議にて”尖閣奪回”を決議
2010年 尖閣諸島中国漁船衝突事件
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インド カシミール地方侵略中
東沙諸島 侵略を計画~推進中
中沙諸島 侵略を計画~推進中
尖閣諸島 侵略を計画~推進中
沖縄 侵略を計画~推進中




山内衆議院
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-ea73.html

1500年の歴史の中には、第二次大戦、日清戦争、
豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)、倭寇など、
日中で戦ってきた歴史もあります。

振り返ると日本が中国に攻め込む例ばかりです。
元寇は「中国」とは言えないと思いますので、
中国が日本に攻め込んだことはありません。

第三者的に見たら「日本は好戦的な国だ」と思い、
中国の被害者としての側面に目がいくでしょう。

国際的には、日本人自身が思っているほどには、
日本は平和愛好国とは見なされてないでしょう。

他方、遣隋使・遣唐使以来の交流の歴史もあり、
さまざまな文化を中国から日本は学びました。

明治維新後に多くの中国人留学生が日本に学び、
日本語経由で西欧の技術や思想が中国に伝播し、
さまざまな人間同士の交流もありました。

戦後も日中国交回復後のかなり長期間にわたり、
日中関係は良好な時代が続いていました。

麻生副総理は、わかりやすいお話が得意です。
わかりやすく話すために、正確さを犠牲にして、
ものごとを単純化して話す癖があるのでしょう。

それにしてもこんな大雑把で印象の悪い表現を、
副総理の立場の人が使うべきではありません。
日本を代表する意見と思われてしまいます。

悪化している日中関係をさらに悪化させるます。
真剣に日中関係の改善を計るべきタイミングに、
こういう余計な軽口はいただけません。

支持率の高さに安倍政権の閣僚は緩んでいます。
自民党も国会運営で慢心が見られるようになり、
もう「終わりの始まり」は見え始めています。


2013年5月 7日 (火) 02 永田町レポート<政治の動き> | 固定リンク

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